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最高裁判所第一小法廷 昭和42年(オ)1424号 判決 1969年5月01日

上告人

株式会社青木商店

右清算人

青木佐治平

代理人

清原雅彦

被上告人

株式会社恵本商会

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人清原雅彦の上告理由第一点について。

賃貸借契約に基づく賃料債務の支払について、債権者たる賃貸人が当該賃貸借契約の存在を否定するなどして、賃料債務の弁済を受領しない意思が明確であると認められるときは、債務者たる賃借人は言語上の提供をしなくても債務不履行の責を免かれるものと解すべきではあるが(当庁昭和二九年(オ)第五二二号・同三二年六月五日大法廷判決・民集一一巻六号九一五頁)、このことは、賃借人において言語上の提供をすることが可能なことを前提としているものであつて、経済状態不良のため弁済の準備ができない状態にある賃借人についてまでも債務不履行の責を免かれるとするものではない。すなわち、弁済の準備ができない経済状態にあるため言語上の提供もできない債務者は、債権者が弁済を受領しない意思が明確と認められるときでも、弁済の提供をしないことによつて債務不履行の責を免かれないものと解すべきである。けだし、弁済に関して債務者のなすべき準備の程度と債権者のなすべき協力の程度とは、信義則に従つて相関的に決せられるべきものであるところ、債権者が弁済を受領しない意思が明確であると認められるときには、債務者において言語上の提供をすることを必要としないのは、債権者により現実になされた協力の程度に応じて、信義則上、債務者のなすべき弁済の準備の程度の軽減を計つているものであつて、逆に、債務者が経済状態の不良のため弁済の準備ができない状態にあるときは、そもそも債権者に協力を要求すべきものではないから、現実になされた債権者の協力の程度とはかかわりなく、信義則上このような債務者に前記のような弁済の準備の程度についての軽減を計るべきいわれはないのである。

原審の確定するところによれば、被上告人は、昭和三五年一〇月三一日、上告会社に対し、本件家屋につき、賃料月額三万円、毎月末かぎり翌月分を支払う、賃料の支払を二回分以上怠つたときは催告を要せず賃貸借契約を解除することができる旨の特約つきで本件家屋を賃貸したが、その後、被上告人は、昭和三六年一〇月三〇日をもつて右賃貸借契約の期間が満了すると主張して、上告会社の提供した同年一〇月分の賃料の受領を拒絶し、翌月分以降の賃料についても上告会社は数回にわたりこれを提供したが、被上告人は、いずれも前同様の理由でその受領を拒絶し、その受領拒絶の意思が明確であるため、同年一〇月分以降の賃料は、上告会社において供託してきたものであるところ、上告会社は、営業不振のため債務超過に陥つて倒産し、昭和三九年一一月三〇日、その株主総会で解散の決議をし、同年一二月七日解散登記をして清算に入つたものである。しかるところ、上告会社は、右清算の過程において取引上の会社債務や税金債務等の支払のため、本件家屋の賃料を支払う経済的余力を失い、そのためなんらの弁済の準備もできず、昭和四〇年六月ころまで遅滞しながらもかろうじて継続してきた弁済供託も同年七月分以降は中止するのやむなきに至り、同月分以降昭和四一年七月分までの賃料は、右のごとき経済上の事情から被上告人に対して弁済のための言語上の提供もされていないというのであるから、右事実関係のもとにおいて原審が、上告会社は昭和四〇年七月分以降同四一年七月分までの賃料債務について遅滞の責を免かれないものとし、これを理由とし前記特約に基づき被上告人のした本件契約解除の意思表示の効果を肯認した判断は正当である。所論引用の大法廷判決は、債務者において言語上の提供をすることが可能な場合であることを前提とするものであつて本件に適切でなく、原判決には所論のような違法はない。それ故、論旨は理由がない。

同第二点について。

原判決は、所論のように上告会社において本件家屋の賃料を支払う経済的余力を失つた旨認定しているが、右認定は、上告会社自身に資力がないのみならず、他よりの援助を受けるなどしても、なお賃料を支払う経済的余力がない旨を認定した趣旨であると解されるのであつて、所論は原判決を正解しないことに基づくものであり、論旨は理由がない。

同第三点について。

所論の点に関する原審の認定は、挙示の証拠関係に照らして正当としてこれを肯認することができ、その判断の過程に所論のような違法はない。それ故、論旨は理由がない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(入江俊郎 長部謹吾 松田二郎 岩田誠 大隅健一郎)

上告代理人清原雅彦の上告理由

第一点 原判決は、民法第四九三条を誤つて適用し、又、同条に関する最高裁判所大法廷判決の趣旨に反する判断をなした違法がある。

即ち、前記法条の適用に関し、昭和三二年六月五日最高裁判所大法廷判決(同年民集九一五頁)は、賃貸人が賃料受領を予め拒絶する場合以上に、賃貸借契約自体を否定し、たとえ賃借人から言語上の提供をなすも、これを受領しなかつたであろうことが明白な場合は、賃借人が賃料を言語上にて提供しなくとも、遅滞の責を負わぬ旨の判断をなしている。(同旨、昭和二三年一二月一四日最高裁判決、同年民集四三八頁)

然るに、原判決は、本件も右前提事実と同様、「その受領拒絶意思が明確な場合にあたる」と判断しながら、上告会社が解散し、弁済能力がないことを理由に、言語上の提供を怠つた上告会社は、履行遅滞の責を負う(従つて、被上告人のなした契約解除を有効と判断する)と結論した。

然るに、前記最高裁判所判決の趣旨は、要するに、債権者が債務の弁済に非協力的であれば、債務者のなすべき弁済提供の程度も、それに応じて緩和され、受領拒絶意思が明白な場合は、遂に何らの行為も必要としないと解するのが、民法四九三条の法意であり、信義則でもある、というにあるものと考えられる。

更に、右趣旨を推し進めるならば、債権者が一旦弁済受領拒絶の意思を明確にした以上、例え、契約上無催告解除の特約がある場合でも、履行遅滞を理由に解除するには、弁済の催告を要する(即ち、提供の機会を与える)ものと解するのが信義則上相当である。(我妻栄・講義Ⅳ二三〇)

然るに、原判決は、右最高裁判所判決には、債務者が弁済能力あることが前提条件であるとして、上告人はその能力がなかつたから、やはり口頭の提供を必要とすると結論した如く看取せられるのである。これは、前記判例の解釈に独自の前提を付加するのみでなく、その判例の趣旨から考えて、倒底相容れない条件を付加したものである。

即ち、前記判例の趣旨は、前述の如く、債務者の義務を信義上軽減する趣旨であり、債務者の弁済能力とは無関係に、債権者の受領拒絶意思の明白さとの相関的考量に於て債務者の提供義務を定めるものであり、決して、債務者の資力との関係で右義務を決する趣旨でないこと明白である。もし原判決の如き論法を採るならば、債務者が弁済能力のない場合は、如何に債権者の受領拒絶意思が明白でも、少なくとも口頭の提供を必要とする、といつた奇妙な結論を容認せざるを得ない筈である。

以上によつて明らかな如く、原判決は、同一の前提事実に立つことを自ら認めつつ、独自の前提条件を付加して結局前記最高裁判所判決と全く相反する判断をなし、而も、その前提条件が全く理由のない誤つたものであること前記のとおりであると思料せられるので、結論として、原判決は民法四九三条の適用並びに最高裁判所判決と相反する判断をなした違法な判決であり、かつ右は判決に影響を及ぼすことも明らかである。

(なお、原判決は、更に、債権者が翻意して、弁済の請求をしない限り、手を拱いて賃借家屋に居住することが出来るのは不当な結果である、と説いて、理由を付加するが、債権者は賃料としてでなく、使用損害金の請求をすることはもとより可能であるし、この種訴訟に於て一般的であるように、一方では賃料の受領を拒絶しながらは他方でその遅滞を理由に解除するのを容認することこそ、より不当であり、信義則にも反するというべきではあるまいか。然し、問題は、((そのような次元にあるのではなく))一旦受領拒絶した債権者が、債務不履行を理由に解除するには、債務者に対し、提供の機会を与えるべきか否かに限極すべきであり、然るときは、提供の機会を与えるべきこと、信義則上当然の要請と考えられるのである。)<以下略>

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